「言語化が大事」と聞く機会が増えました。会議で意見を求められたり、SNSで感想を書いたり、誰かに悩みを相談したりするたび、考えや気持ちをすぐ分かりやすく説明することまで求められます。
言葉にすれば、相手と相談しやすくなります。とはいえ、経験のすべてを言葉に置き換えられるわけではありません。では、「言語化」はいつからこれほど身近になったのでしょうか。流行の背景をたどりながら、言葉にする利点と、急がなくてよい場面を考えます。
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言語化ブームは「言語化」が日常語になった流れ
「言語化」という語は戦前からあります。2020年代に入り、使う人と使われる場面が大きく広がりました。
三省堂の「今年の新語2024」選評によると、「言語化」は以前、心理学や言語学、哲学などで使われる硬い言葉でした。ところが近年は、「うまく言語化できない」「代わりに言語化してくれた」といった日常の言い方が定着しています。
同選評は、全国紙4紙に「言語化」が登場した件数も調べています。2010年代までは4紙の合計が年間10件未満から50件ほどでした。2020年代に入ると、200件を超える年が多くなっています。三省堂は、言葉の力がますます求められる時代の象徴として、2024年の大賞に「言語化」を選びました。
| 時期 | 主に使われた場面 | 言葉の位置づけ |
|---|---|---|
| 戦前から2010年代 | 心理学、言語学、哲学など | 考えや知覚が言葉になる過程を示す専門語 |
| 2020年代 | 仕事、就職活動、SNS、日常会話 | 考えや感情を言葉にする能力を指す日常語へ広がり、2024年には三省堂の大賞に選ばれる |
日常語になるにつれて、「言語化できるかどうか」は個人の能力として見られるようになりました。次に、この力が重視されるようになった生活の変化を見ていきます。
なぜ言語化が求められるようになったのか
三省堂の選評は、インターネット上や社会生活の中で、自分を言葉で表す必要性が高まったとみています。
たとえば、メールやチャットでは、声の調子や表情を使えません。「急ぎです」「ここだけ確認してください」と書かなければ、相手は優先順位を判断しにくくなります。会議の記録、在宅勤務の進捗、オンラインでの相談も、文字に残すことが前提になりました。
就職活動や人事評価では、自分がしたことと、その結果を説明するよう求められます。SNSでは、映画や本への感想を短い文章にすると、その感想をもとに会話が続いたり、引用されたりします。生成AIへ指示を出す時も、目的や条件が曖昧なら、望んだ答えは返ってきません。
2025年の文春オンラインの対談では、言語化が端的に話す力や説得力と結びつき、社会人の必須技能のように扱われることへの違和感も語られています。言語化が求められる背景には、やり取りの便利さだけでなく、短時間で評価や判断をしたい側の事情もあるのです。
説明がそろうと、上司や採用担当者は比較しやすくなります。相手へ言語化を求める場面では、判断する側の都合も働きます。では、言葉にすることで、私たちは何を決めやすくなるのでしょうか。
言葉にすると判断しやすくなる三つの場面
言語化が役立つのは、言葉にすることで次の行動が決まる場面です。
相手に行動を頼む時
仕事の依頼なら、締め切り、必要な作業、完成の条件を伝えます。体調を医師に相談するなら、いつから、どこが、どのように痛むのかを話します。相手が次の行動を決める場面では、具体的な言葉が欠かせません。
選択肢を比べる時
転職するか、今の職場に残るか。どちらも一長一短なら、給与、働く時間、仕事内容など、比べたい条件を書き出します。頭の中だけで考えるより、迷っている点を確かめやすくなります。
自分の反応を振り返る時
嫌だった出来事を振り返る時は、最初から感情を一つに決めず、「腹が立った」「悔しかった」「不安だった」など、近い言葉を複数書きます。その中から、出来事のどの部分に反応したのかを確かめてください。
感情に名前を付ける行為は、心理学で「アフェクト・ラベリング」と呼ばれます。2011年の実験では、否定的な画像を見た時に感情へ名前を付けたグループは、画像を眺めただけのグループより、感じたつらさを低く報告しました。その一方で、肯定的な画像を見た時の「心地よい」という評価も低くなっています。
2026年に公表された別の実験では、否定的な感情を和らげる効果は課題の最中に見られたものの、課題後までは続きませんでした。いずれも限られた条件で行われた実験です。日記や相談、仕事の説明まで含む「言語化」全般に、そのまま当てはめることはできません。
目的が決まると、必要な詳しさも決まります。ここまでが言語化の利点です。ただし、目的に合った説明ができても、元の経験がそのまま伝わるわけではありません。次は、言葉にした時に抜ける情報を見てみましょう。
言葉にすると省かれる情報がある
経験を言葉に置き換えると、相手には伝えやすくなります。その代わり、声の調子、沈黙の長さ、その場の雰囲気は省かれます。
たとえば、好きな音楽を「明るくて元気が出る曲」と説明しても、どの音や展開を好きになったのかまでは伝わりません。言葉で伝えられるのは、経験の一部です。
哲学者の永井玲衣さんと書評家のスケザネさんの対談では、対話に含まれる沈黙や身体の動きが、文章にした時には抜け落ちると語られています。印象的な一言も、その前の長い沈黙ややり取りによって、受け取られ方が変わります。
本人にもまだ理由が分からないのに、答えを急かされる場面もあります。企画に「何か違う」と思った時は、試作を見直し、別の案と比べるうちに、違和感の理由が見えてきます。最初に付けた名前を結論にすると、後から見つかった理由を見落とします。
期限や安全に関わることは、分かっている範囲を先に伝えます。急ぎでない感想や企画なら、考える時間を取っても支障はありません。この違いを毎回感覚だけで判断するのは難しいため、次の表に場面別の目安をまとめました。
いま言葉にする範囲は、目的で決める
迷った時は、相手が次に何を判断するのかを考えます。判断に必要な情報は先に伝え、詳しい理由や感想は後から足せば十分です。
| 場面 | いま伝えること | 後から考えられること |
|---|---|---|
| 仕事の依頼を受けた | 対応できるか、期限、確認したい条件 | その仕事への詳しい感想 |
| 家族や友人と予定を決める | 参加できるか、都合のよい日時 | 断りにくいと感じた理由 |
| 企画の初期案を相談する | まだ仮案であること、気になる点 | 完成した説明や名称 |
| つらい出来事について話す | 今してほしいこと、話せる範囲 | 出来事の意味や、気持ちの名前 |
| 作品の感想を伝える | 印象に残った場面や、もう一度見たい点 | 作品全体の評価 |
右端の内容まで、その場で説明する必要はありません。中央の「いま伝えること」まで話せば、相手は予定や作業を決められます。
自分の気持ちや意見を相手へ伝える手順は、次の記事で詳しく紹介しています。
伝える範囲が決まっても、すぐには言葉が出てこない日があります。そんな時に備えて、考える時間を確保する返事も覚えておきましょう。
うまく言えない時に使える四つの返事
言葉が出てこない時は、考える時間や、いま答えられる範囲を相手に伝えます。
| 困っていること | 返事の例 | 相手に伝わること |
|---|---|---|
| 考える時間がほしい | 「今すぐには決められません。明日の午前中に返します」 | 返事をする時刻 |
| 質問が広すぎる | 「内容、伝え方、予算のうち、どこを確認したいですか?」 | 答える範囲を絞りたいこと |
| 言葉だけでは伝えにくい | 「近い例を二つ見せてもよいですか?」 | 別の方法で説明したいこと |
| 仮の言葉しか出ない | 「まだ正確ではありませんが、今は『悔しい』が一番近いです」 | 途中の説明だということ |
一人で練習するなら、同じ出来事を「友人に話す」「上司へ報告する」「自分のメモに残す」の三通りで書き分けます。相手と目的が変わると、必要な情報も変わると分かります。例題を使って練習したい人には、次の本も選択肢の一つです。
例題を使って練習したい人へ
『小学生でもできる言語化』
身の回りの物や目に見えないものを言葉にする方法を、実践例と書き込み式のワークで学べます。子ども向けの平易な説明なので、大人が読んでも取り組みやすい内容です。
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購入前に方法を試すなら、今日の会話を一つ選び、「相手は何を決めるために聞いているのか」と書いてみてください。答える範囲が決まると、長く説明しすぎる失敗も減らせます。
返事を保留する言い方を覚えておけば、言葉が固まるまで考える時間を取れます。最後に、言語化の速さと考えの深さを分けて整理します。
すぐ説明できなくても、考えていないとは限らない
分かりやすく話せる力は、仕事や生活の多くの場面で役立ちます。ただ、説明の速さだけで、考えの深さは判断できません。
いま説明に困っていることがあるなら、まず「誰が、何を決めるために、この説明を必要としているのか」を一行で書いてください。その答えが分かれば、いま伝える内容と、あとで考える内容を分けられます。
参考にした資料
- 三省堂「かつては学術用語だった『言語化』」
- 文春オンライン「言語化ブームの“呪い”を超えるには?」
- Subjective responses to emotional stimuli during labeling, reappraisal, and distraction
- Impact of affect labelling as an implicit emotion regulation strategy on negative and positive emotions
- Affect Labeling and Reappraisal as an Emotion Regulation Strategy

