言語化とは?その意味と限界、そして「言葉にできない」を乗り越える方法

言葉にできないものと、言語化ブームの裏側

ここ数年、「言語化」という言葉をよく耳にします。

SNSでも、ビジネスの現場でも、「思考を言語化しよう」「感情を言語化して整理しよう」といった表現を目にしない日はないほどです。

2023年には「三省堂 辞書を編む人が選ぶ 今年の新語」で大賞を受賞し、推し活からビジネスまで、あらゆる場面で使われるキーワードになりました。

人は昔から、言葉を使って世界を理解し、自分の心のありようをたしかめてきました。

しかし、「言語化」という行為そのものが、ここまで意識的に語られるようになったのは最近のことです。

では、なぜいま「言語化」がこれほど注目されているのでしょうか?

その背景には、複雑で変化の速い社会の中で、人が抱える「安心したい」という切実な欲求があります。

言葉にして整理すると、世界や自分をつかめたように感じられ、一時的に心が落ち着きます。

その”わかった気持ち”が、いまの時代に求められている安心の形なのだと思います。

この記事では、言語化の正しい意味から、その力と限界、言語化が苦手な人の原因と具体的な克服法まで、多角的に掘り下げていきます。

✔ 言語化の正しい意味と定義
✔ 言語化の「力」と「限界」
✔ 言語化が苦手な人に共通する5つの原因
✔ 今日から始められる具体的トレーニング7選
✔ 言葉にできないものとの向き合い方

目次

そもそも「言語化」って何?

まず、「言語化」という言葉の意味を正確に理解しておきましょう。

広辞苑では「言葉で表現すること。

とくに、思考や知識などを他者に説明したり共有したりするために、言葉を用いて説明すること」と定義されています。

Weblio辞書でも「直感的なものを説明・伝達可能にすること」とされており、共通するのは「頭の中にある曖昧なものを、相手に伝わる言葉に変換するプロセス」だという点です。

そして、ビジネスの文脈では、もう少し踏み込んだ意味を持ちます。

ビジネスコンサルタントの細谷功氏は著書の中で、言語化を「抽象化すること」、すなわち「数多い情報の中から目的に合った情報を抜き出し、分類・単純化すること」と述べています。

つまりビジネスにおける言語化とは、ただ言葉にするだけでなく、相手の目的やニーズに合わせて情報を取捨選択し、伝わる形に組み立てる行為です。

ここで大切な区別があります。頭に浮かんだことをそのまま口にするのは「言葉にする」行為にすぎません。

一方「言語化」は、思考を整理し、相手の理解レベルを想定し、伝わる構造で届ける——この一連のプロセスを含みます。

言葉で切り取るということ——言語化の「力」と「代償」

私たちは、言葉にすることで思考や感情を他者と共有できます。
曖昧だった感覚に輪郭が生まれ、扱いやすくなるという点では、確かに言語化は便利です。

ただ、言葉にした途端に、その感情は「言葉が表せる範囲」に押し込められてしまいます。

それは、地図を描くときに見やすくするために細部をあえて捨てる行為にも似ています。見通しはよくなるけれど、本当の複雑さは削ぎ落とされてしまうのです。

たとえば「寂しい」という一語には、懐かしさや孤独だけでなく、安心や期待、諦めのような感情さえ混ざっていることがあります。実際、日常の中でもこうした”混ざり合った感情”を経験する瞬間があるでしょう。

  • 誰かと別れたあと、駅までの帰り道で胸がふっと空くとき
  • 楽しかった旅行が終わった夜、静けさが急に押し寄せるとき
  • 忙しい日が続いた週に、家に戻って荷物を置いた瞬間、理由のない寂しさが広がるとき

これらは全部「寂しい」と言えますが、実際の内面ではそれぞれ違う感情が生まれています。

名残惜しさが混じっていることもあれば、安心と疲れが入り混じっていることもある。同じ言葉でも、感情の”中身”は人や状況によって大きく違うのです。

けれど、私たちはその複雑な揺れを、一つの言葉へとまとめてしまう。

言葉にすれば説明しやすくなるものの、内側の細かなニュアンスはどうしても削ぎ落とされてしまうのです。

これが言語化の持つ構造的な限界です。

言語化は強力なツールですが、万能ではない。

この認識を持っておくことが、言語化力を「正しく」鍛えるための前提になります。

なぜ今、言語化がこれほど求められるのか

「言語化」を求めてしまう背景には、社会そのものの構造的な変化があります。

情報爆発と「伝える力」への圧力

情報量が爆発的に増え、SNSでは誰もが意見を発信できるようになりました。

企業の現場でも、「伝える力」や「論理的に説明する力」が評価軸として重視され、個人にも同じ能力が求められています。

こうした環境では、「自分の考えをはっきり言える人」が優位に立ちやすい一方で、言葉にうまくできない人は置いていかれるような不安を抱えやすくなります。

その結果、「言語化すること」自体が目的のように扱われる場面が、どうしても増えていきます。

リモートワークと非言語情報の喪失

コロナ禍以降、チャットやWeb会議で仕事を進める場面が一気に増えました。対面であれば表情や身振りで補えていた情報が、テキストベースのコミュニケーションでは伝わりません。

「なんとなく合意した」つもりが思わぬ誤解を生む場面が増え、「正確に言語化する力」の重要性が急速に高まりました。

変化の速さと「足場」の喪失

もう一つの要因は、変化の速さです。

正しさが不断に更新される時代では、自分の立場や価値観の”足場”を見失いやすくなります。
言語化は、そうした揺らぎの中で自分を保つための、一時的な秩序の回復行為として働きます。

言葉にまとめることで、自分がどこに立っているのか、いま何を感じているのかを確認できる。
その安心感が、いまの社会の中で強く求められているのだと思います。

全員が発言を求められる時代

かつては「言語化力」が求められるのは経営層や管理職に限られていました。

しかし現在は、多様な意見を取り入れるフラットな組織づくりが進み、若手社員にも「あなたはどう思う?」と意見を求められる場面が増えています。

言語化は一部の人のスキルではなく、全ビジネスパーソンに求められる”基礎力”になったのです。

ヴィトゲンシュタインの指摘——「語りえぬもの」の存在

言語化の重要性が高まる一方で、忘れてはならない視点があります。

哲学者ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインは、『論理哲学論考』の最後に次の一文を残しました。

「語りえぬものについては、沈黙しなければならない。」

“語りえぬもの”とは、美しさや倫理、意味といった、説明や数値化に馴染まない領域のことを指します。

そしてヴィトゲンシュタインは、人間が言葉で語れるのは”事実として整理できるもの”に限られると考えました。

そう考えると、言葉で描ける世界は、私たちが生きている世界全体のごく一部にすぎないことがわかります。

この言葉が今も引用され続けるのは、私たちがまさに”言葉にできないもの”を軽視しやすい環境に生きているからかもしれません。

効率や再現性が重視される社会では、説明できないことは価値が低いと見なされがちです。

しかし、多くの人が大切にしているはずの「なぜか惹かれる」「理由は説明しにくいけれど大事だと思う」といった感覚は、この”語りえぬもの”に属しています。言葉にしにくいこの部分にこそ、人の価値観や感性の核が宿っているのです。

それでも現代の私たちは、説明できないものをどこか居心地悪いものとして扱い、本来は大切にすべき”言葉にならない領域”が後回しにされてしまう。

ここに、いま「言語化」が流行している理由の一端——そしてその落とし穴があります。

言語化の「安心」と「限界」

モヤモヤした感情を文章にしたり、誰かに話したりすると、私たちは自分を理解できたように感じます。

言葉によって曖昧さに輪郭が生まれ、「これが自分の本音だ」と納得できる。
その瞬間には、たしかに心を支えてくれる力があります。

ただ、その安心は長くは続きません。
新しい状況が生まれ、また別のモヤモヤが湧いてくる。
つまり、言語化とは”完了”ではなく、”更新し続ける営み”と言えます。

もちろん、この循環そのものは悪いことではなく、以前から人はこうして自分を調整しながら日々を過ごしています。

けれど問題は、言葉にできたものを”真実そのもの”だと誤解してしまう点にあります。

言語化した瞬間、私たちはしばしばその言葉の枠に自分を押し込め、「これが自分だ」と信じてしまう。
その結果、本来もっと揺らぎがあり、多層的で変化するはずの自分を見失ってしまうことに繋がってしまうのです。

「わかる」とは何か——理解の仕組みを疑う

ここで改めて考えたいのは、「わかる」とは本来どういう状態を指すのか、ということです。

私たちが日常で「わかった!」と口にするとき、多くの場合それは、”自分の理解の枠に収まった”という意味にすぎません。

しかし、それがそのまま「世界を正しく把握した」ことを意味するわけではありません。

理解とは、実は”単純化のプロセス”でもあります。

複雑な現象を整理し、因果関係を見つけ、ひとまとまりの図として扱えるようにする。そのことで把握しやすくなる一方で、細部の揺らぎや複雑さを切り捨ててもいるのです。

ネガティヴ・ケイパビリティとは?

詩人ジョン・キーツが提唱した概念で、「わからないまま耐える力」のこと。理解できないものを急いで判断せず、曖昧さの中にしばらくとどまる姿勢を指す。効率や即時の答えが求められる現代では、最も失われつつある力とも言われている。

「わかったつもり」が生む問題

「わかったつもり」は、思っている以上に日常のあちこちに潜んでいます。

たとえば人間関係。

誰かの言動を見て「この人はこういうタイプなんだ」と判断すると、私たちは安心します。分類できると”理解できた気”になれるからです。

けれど、その瞬間に見えにくくなるものがあります。

相手が抱えている矛盾や、その日によって変わる表情、ふと現れる優しさや弱さ——そうした揺らぎは、ラベルの外側に置き去りになってしまいます。

本来の理解とは、一度判断して終わりではなく、相手の変化や沈黙を含めて関わり続けることです。

むしろ「まだわからない部分がある」という前提を残しておく方が、誠実な態度なのだと思います。

職場でも同じ構造があります。

業務では、物事を整理したり、フレームに当てはめたりすると効率が上がります。
ただ、その便利さと引き換えに、”まだ言葉になっていない違和感”を軽視しやすくなります。

たとえば会議で、説明は一通り筋が通っているのに、どこか引っかかる。あるいは、数字は良いのに、チームの空気が微妙に沈んでいる。こうした違和感には、言葉にしきれていない課題や、これから起こりうる問題が潜んでいることがあります。

価値のある発見は、論理で説明できる段階よりも前に生まれます。「なんとなく変だ」「うまく言えないけれど気になる」という小さな感覚が、後になって重要な意味を持つことは少なくないのです。

つまり、違和感を切り捨てない姿勢そのものが、創造性や洞察の源泉と言えます。

効率や即答が求められる社会では、早く「わかったつもり」になることの方が得に見える瞬間があります。
けれど、その早さが、成長や発見の芽を静かに奪ってしまうのかもしれません。

MBTIブームに見る「安心の構造」

最近のMBTI(性格診断)の流行は、「わかったつもり」が生まれる仕組みを象徴しています。

性格をタイプとして言い表せると、人は自分や相手を理解したような手応えを得ます。

「私はINFJだからこうなりやすい」「相手はENTPだから仕方ない」——こう言い切ることで、摩擦や違和感を一旦”整理できた気持ち”になれるからです。

ただ、現実の人間は診断結果ほど単純ではありません。

人は日によって変わり、誰と一緒にいるか、どんな状況に置かれているかによっても振る舞いが変わります。

つまりMBTIは”理解のための地図”にはなっても、”現実そのもの”ではありません。

地図を頼るあまり、実際に目の前にいる相手の変化やニュアンスを見なくなってしまうこともあります。

分類は便利です。けれど便利さゆえに、「地図のほうが正しい」と錯覚しやすい。その瞬間、私たちは相手の揺らぎや例外、成長の余地を拾えなくなってしまいます。

日常の中でも、こうした”地図と現実のズレ”はあちこちで起きています。

・「あの人は外向型だから、こういう場が得意なはず」と決めつけて話を聞かない
・「自分は内向型だから、これは苦手」と経験する前から可能性を閉ざしてしまう
・相手の変化を”タイプじゃない”と切り捨ててしまう

MBTI自体に罪はありません。
ただ、分類を拠り所にした瞬間、人はしばしば「見ているようで見ていない」状態に陥ります。

これは言語化にも同じ構造があります。

言葉で整理すると安心できますが、その言葉が”真実”だと信じ込むと、言葉の外側にある豊かなグラデーションが見えなくなる。

言葉に頼りながらも、言葉で捉えきれない領域を感じ取ること。その両立が、結局もっとも健全な知性のあり方なのだと思います。

それでも言語化は「鍛える価値がある」——苦手な人に共通する5つの原因

ここまで言語化の限界を見てきましたが、だからといって「言語化なんて意味がない」ということにはなりません。

限界を知ったうえで使いこなすからこそ、言語化は真に強力なスキルになります。

まずは自分がどのパターンに当てはまるかを特定し、的を絞ってトレーニングすることが重要です。
「自分は言語化が苦手だ」と感じている方は多いですが、その原因は人によって異なります。

【原因1】そもそも「考えていない」

脳科学者の茂木健一郎氏は「言語は脳にとって一つの運動であり、出力しないことには自分が本当に考えていることも見えてこない」と述べています。

頭の中にモヤモヤがあるのに言葉にならないのは、多くの場合「思考が整理できていないまま、考えることを放棄している」状態です。

つまり「言葉にできない」のではなく、「まだ考え切れていない」のです。

【原因2】語彙力の不足

頭の中の感覚を言葉に変換するには、変換先の選択肢——つまり語彙力が必要です。「なんかいい感じ」「微妙」「ヤバい」としか表現できないのは、感性がないのではなく、それを表す言葉のストックが足りないだけです。

先ほどの「寂しい」の例を思い出してください。名残惜しさ、安堵、疲労感、孤独——これらを区別する語彙があれば、自分の内面をより正確に把握できます。

言語化の限界を意識しつつも、語彙を増やすことで「削ぎ落とされる部分」を最小限にできるのです。

【原因3】物事を抽象的に捉えすぎている

言語化が苦手な人には、物事を大ざっぱに把握する癖があります。「なんか調子悪い」と言うだけで、「頭が痛いのか」「お腹が痛いのか」を切り分けない。

この「具体化する力」の欠如が、曖昧な表現しか出てこない原因です。

【原因4】完璧に伝えようとするプレッシャー

「結論から言わなきゃ」「わかりやすくしなきゃ」というプレッシャーが強すぎると、かえって頭が固まります。結論を急ぐあまり整理が追いつかず、余計な補足をし続けて話が長くなる——よくある悪循環です。

ここで思い出したいのが、先ほどの「ネガティヴ・ケイパビリティ」です。すべてを完璧に整理してから話す必要はありません。「まだうまく言えないんだけど」と前置きして、考えながら言葉にしていく姿勢も、立派な言語化の一形態です。

【原因5】アウトプットの絶対量が足りない

言語化力は筋トレと同じで、使わなければ衰えます。

日頃から自分の考えを書いたり話したりする習慣がないと、いざ必要な場面で言葉が出てきません。

読書猿氏が指摘するように、「思考は他者との対話を内面化したもの」であり、アウトプットの機会がなければ思考自体が育ちにくいのです。

言語化力を構成する「5つのスキル」

言語化力は単一の能力ではなく、複数のスキルの複合体です。
自分に何が足りないかを知ることが、効率的なトレーニングの第一歩になります。

5つの各スキル概要
観察力(気づく力)変化や違和感に敏感であること。「会議でなんか引っかかる」という感覚を拾える力。
思考力(整理する力)観察で得た情報を分類し、因果関係を整理する力。論理的思考力とほぼ同義。
具体化力(解像度を上げる力)言語化の本丸。たとえば「いい感じ」を「前年比120%」に、「ある程度」を「月間30件」など具体の指標に変換する力。
語彙力(選択肢を増やす力)「嬉しい」「喜ばしい」「胸が踊る」「感無量」など、バリエーションがあるほど、最適な表現を選べる。
伝達力(届ける力)相手の知識レベルに合わせて言葉を選び、伝える順番を組み立てる力。

今日から始められる言語化トレーニング7選

では、具体的にどう鍛えればいいのか。日常に組み込みやすいトレーニングを7つ紹介します。

【トレーニングその1】100文字日記を書く

毎日、その日の出来事と自分が感じたことを100文字程度で書き出します。ポイントは「嬉しかった」で終わらせず、「なぜ嬉しかったのか」まで掘り下げること。

X(旧Twitter)の140文字制限を活用するのも効果的です。字数制限があることで、要約力も同時に鍛えられます。

ただし、100文字に収まらなかった部分にも意味があります。書いた後に「まだ言い切れていない気がする」と感じたら、その感覚ごと大切にしてください。

【トレーニングその2】「それってどういうこと?」「それってなぜ?」を口癖にする

自分の頭に浮かんだ感想や判断に対して、この2つの問いかけを繰り返すだけ。

STEP
「この仕事、なんかうまくいかない」
STEP
「どういうこと?」
STEP
「先方の返信が遅くて進まない」
STEP
「なぜ?」
STEP
「依頼の優先度が伝わっていなかったかも」

このように、問いを重ねるごとに漠然としたモヤモヤは具体的な課題に変わっていきます。

【トレーニングその3】実況中継トレーニング

目の前の光景を、頭の中で実況中継するように言葉にしていくトレーニングです。
アナウンサーのトレーニングとしても知られています。

「今、カフェにいる。窓際の席で、外には雨が降っている。バリスタがミルクを泡立てる音が聞こえる」

このように情景を言葉に変換する練習を繰り返すと、頭の中にある情報を瞬時に言語化する瞬発力が鍛えられます。同時に、「あの光と音の組み合わせを、どう表現すれば伝わるだろう」と考えること自体が、観察力と語彙力のトレーニングにもなります。

【トレーニングその4】読書+3行要約メモ

本を読むだけでは語彙力のインプットで終わってしまいます。
読んだ内容を3行で要約するメモを書くことで、インプットとアウトプットが同時に回り始めます。

PREP法(結論→理由→具体例→結論)で書く練習を加えると、論理的に伝える構成力も同時に身につきます。

【トレーニングその5】5W3Hに当てはめる

伝えたいことを、When(いつ)・Where(どこで)・Who(誰が)・What(何を)・Why(なぜ)・How(どのように)・How many(どのくらい)・How much(いくら)に当てはめてみます。

すべての項目に当てはまらなくてもOK。「当てはめようとする姿勢」そのものが、具体化力のトレーニングになります。

【トレーニングその6】言語化ノート術(1日3分)

電通のコピーライター荒木俊哉氏が開発したメソッドです。

1.ためる
日々の「できごと+感じたこと」をメモする

2.きく
頭に浮かんだ言葉をノートに書き出す

3.まとめる
1日3分、この3ステップを繰り返すだけ。5日間続ければ変化を実感できるとされています。

【トレーニングその7】他者からフィードバックをもらう

言語化の最終ゴールは「相手に正しく伝わること」。

だからこそ、自分の言語化の質を客観的に評価してもらう機会は不可欠です。
伝えた相手に「わかりにくかった点はあった?」と聞いてみましょう。

言語化力を高めるとどう変わるのか

トレーニングを続けるモチベーションのためにも、言語化力を高めた先に何があるかを知っておきましょう。

意見や提案が通りやすくなる
どれだけいいアイデアも、伝わらなければ存在しないのと同じ。言語化力があれば、提案が採用される確率が上がる。

思考が整理され、悩む時間が減る
漠然とした不安も、言語化することで「何に悩んでいるのか」が明確になる。「悩む」から「考える」モードに移行できる。

人間関係のトラブルが減る
言いたいことが正確に伝わるようになれば、誤解やすれ違いが減る。「言ったはず」「聞いていない」がなくなる。

自己肯定感が高まる
自分の考えが相手に受け入れられる経験が積み重なると、「自分の意見には価値がある」という自信が育つ。

目標達成力が上がる
目標を言語化すると、脳はその情報に敏感になり、達成に向けた行動を自然と選択するようになる。

「言葉にできないもの」を抱えるということ

ここまでトレーニングやメリットを紹介してきましたが、最後にもう一度、言語化の「外側」に目を向けたいと思います。

言語化は、思考を整理し、他者と共有するうえで確かに有効な手段です。

ただ、すべてを言葉で説明しようとすると、むしろ見えなくなってしまうものもあります。

そのため、大切なのは言葉にしたあとに一度立ち止まり、「この言葉では拾いきれていない部分があるかもしれない」と意識することです。

言葉にすることで輪郭が生まれ、沈黙の中でその輪郭の外側にあるものがゆっくり浮かび上がってくる。言語化と沈黙、そのあいだを往復することで、思考は少しずつ深まっていきます。

「わかる」と「わからない」のあいだに身を置きながら、それでも考え続ける——こうした不安定さを受け入れられることこそ、複雑な時代を生きる私たちに求められる態度ではないでしょうか。

おわりに——言葉の力と、言葉を超えた領域と

言語化のブームは、「自分を理解したい」「他者を理解したい」という人々の願いの表れでもあります。

その動き自体は、とても自然な衝動です。
そして、言語化力を鍛えることには確かな価値があります。

思考が整理され、伝わる力が高まり、人間関係や仕事の質が変わる——それは間違いありません。

ただし、言葉はすべてを扱えるわけではありません。

言葉で整理できることと、どうしても言葉にならないまま残る部分。理解できる領域と、理解しきれない領域。その両方を抱えながら生きていくことこそが、成熟したあり方なのだと思います。

今日からできるアクションを、レベル別に整理しておきます。

🔰 初級
100文字日記、または3行ポジティブ日記を始める

📘 中級
「それってどういうこと?」「それってなぜ?」の自問自答を日常に組み込む
読書+3行要約メモを併用する

🎯 上級
言語化ノート術(1日3分・3ステップ)を導入する
他者からのフィードバックを意識的に求める

ただ、今回紹介したようなことは、もちろん完璧にやる必要はありません。

ちょっとしたときに「言語化しよう」と意識するだけで、日常のあらゆる場面はトレーニングの場に変えられます。

そして、トレーニングの合間にふと、「この言葉では足りないな」と感じる瞬間があったら——それは言語化力が育っている証拠です。

言葉にして整えることと、言葉にならないものをそっと抱えておくこと。
その往復の中で、私たちの思考は静かに深まり、日々の景色も少し豊かになります。

言葉の力と、言葉を超えた領域のどちらも味方にしながら、軽やかに歩んでいけたら素敵ですね。

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

30代リーマン。海と山に囲まれた田舎でゆったりライフを満喫……するはずが、大量発生したアリと日々バトル中。文芸全般、お香や精油などの香り物、石や天然石、アンティーク家具などが好き。だけど、三度の飯のほうがもっと好き。最近はダイエット兼ねて、毎日のお散歩が日課です。

目次